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良い声って?

JAZZのCDで音楽的内容が良いものはどうやったら分かるか?ある本に「ジャケットが良いJAZZのCDは名演が多い」とあった。確かに言われてみるとそうだ。。別に、色々とデザインに凝っている、と言う意味だけでもない妙に印象に残る、でもアリだと思う。上のCDはアニタ・オデイと言うJAZZシンガーの名盤として名高い。別に凝ってない、けれど彼女の顔と全体の色合いが後々まで印象に残る。https://www.youtube.com/watch?v=-WxWAVn52qUアニタ・オデイ(1919-2006)  テンダリー / ウォルター・グロス白人シンガーながら独特の色気のある声で若干ハスキー。日本人好みか?このアルバムはどの曲も良いが、この”テンダリー”は最高。伴奏がオスカー・ピーターソン カルテットと言うのも名盤になった大きな要素だと思う。先日4月25日が命日だった尾崎豊、年齢は仲田と8歳違うが彼が亡くなった時はかなりショックを受けた。今彼の声を聴いてもやはり一歌手・アーティストとして素晴らしかったんだと感じる。https://www.youtube.com/watch?v=NpNXMcUwfh4尾崎豊(1965-1992)  無縁坂/さだまさし「今度中2 になります」と言うのでまだ中学1 年の時らしい・・(天才は)表現の深みに年齢は関係ないのだな、と納得する。以前オペラ歌手フィオレンツァ・コッソットさんのコンサートを聴きに行った。どの曲も素晴らしかったのだが、心底感動したのは、「君が代」だった。良い声の本物の歌手が歌えば、国籍など関係ないんだな、と感じたしむしろ「君が代」がこんなに良い曲だと初めて気づかされた。https://www.youtube.com/watch?v=4VjZenRzvr4プラシド・ドミンゴ(1941-  ),ルチアーノ・パヴァロッティ(1935-2007),ホセ・カレーラス(1972- )川の流れのように/見岳章結構歌はぐちゃぐちゃになってるし、パヴァロッティは歌詞が日本語に聴こえない(笑)しかし、、感動するのはなぜだろう。声、あらゆる楽器の中で最高の楽器。

いとうたつこ作曲作品展

いとうたつこさんは本当の音楽家だと思います。本当のって何?と言う話ですが、イメージとしては昔の作曲家です。有名どころではバッハもモーツァルトもベートーヴェンもシューマンもワーグナーもラフマニノフも皆、作曲をし、楽器を演奏し、指揮をし、またワーグナーに至っては文章を書く達人でもあり、オペラの台本も自分で書き、果ては自分のオペラ上演のためだけに劇場まで造ってしまった(バイロイト祝祭劇場)。いとうさんは作曲家でもあり、歌手でもあり、ピアニストでもあります。あ、それに、トークにも絶妙な味があります。フライヤーの表に昨年のコンサートの批評が載っていますが、正にその通り!と思います。いま書いていてふっとお顔がよぎりましたが、2017年に仲田が帰国してから、長町順史さんと言うピアノの名手(特にアンサンブルもの)が亡くなったのを知り、驚きました。生前お会いするとお伺いしたい事が沢山あり過ぎて質問攻めにしてしまいましたが、彼も大学はピアノ科で、その後より歌を理解するため藝大の声楽科に入り、と言う経歴でした。晩年はソロ・リサイタルも意欲的に企画して、「伴奏も良いけど、ソロピアノを弾くことが、自分のバランスとして良いんだ」と言われていたのを思い出します。振り返ると、仲田は学生時代、シンガーソングライターになりたく、作詞作曲をして弾けもしないギターを買ってしまいました。イタリア留学中は伴奏に行った声楽の先生に「歌を教えて下さい」とレッスンを受けました。帰国後は師匠の指揮に触れ「指揮を教えてください!」と嘆願しました。色々やる方が”自分には”合っているようです。4月のコンサートでは、初めて”ソリストのアンサンブル”を入れたい、とのお話がいとうさんよりあり、仲田が信頼する歌手4人にお願いしました!ピアノを弾きながらか、または立ち上がらないといけないのか?指揮もする必要がありそうな匂いがします。

洲之内徹さんを知っていますか

洲之内 徹(すのうち とおる、1913年1月17日 - 1987年10月28日)は愛媛県松山出身(同郷!)の美術エッセイスト、小説家、画廊主・画商です。美術エッセイ「気まぐれ美術館」の筆者として名高い、とありますが、知る人は少ないでしょう。 仲田は昔は良く色々な本を読んでいましたが、洲之内さんの文章を読むと「文章ってこう言うもんだよな」といつも納得してしまいます。以下、彼の美術エッセイから抜き出した文章。”絵”を”音楽”やその他いろいろな事に置き換える事が出来る、そんな不変の言葉です。◯しかし、一枚の絵を芯から欲しいと思う以上に、その絵についての完全な批評があるだろうか◯絵は絵だというのが、いうならば私の絵画論の全部である。絵が自分で語りかけてくるもの以外は、ほんとうは、私はあまり信用しない。◯その「ポワソニエール」は一枚の、紙に印刷された複製でしかなかったが、それでも、こういう絵をひとりの人間の生きた手が創り出したのだと思うと、不思議に力が湧いてくる。人間の眼、人間の手というものは、やはり素晴らしいものだと思わずにはいられない。他のことは何でも疑ってみることができるが、美しいものが美しいという事実だけは疑いようがない。

原稿

La finta giardiniera 偽りの女庭師

今日は勤めている昭和音楽大学の修士課程修了オペラ公演の通し稽古でした。指揮は師匠、星出豊先生の弟子が集まる「星出会」の大先輩大勝秀也マエストロです。モーツァルトのこの「偽りの女庭師」、タイトルをお聞きになったことはあるでしょうか?この作品は1756年生まれのモーツァルト18歳の時の作品です。まだ粗削りで、レチタティーボ(チェンバロやチェロの伴奏で話すように歌われる部分)もその後の傑作、フィガロの結婚やドン・ジョヴァンニなどとは比べ物になりません。曲もアンサンブルは冒頭や幕の終わりに限られて、後は登場人物が一人で歌うアリアばかりです。でも、モーツァルトのその後の作品を知っていると、未来の傑作へのアイデアが既に散りばめられていてニンマリしてしまいます。修士課程の学生たちは正に”頑張って”歌っています。一線で活動する指揮者、演出家、照明家や舞台スタッフや助演の助けを借りてはいますが、何より、必死に歌い演技する彼らの120パーセントの表情や歌声を聴いていると、何か、ぐっと来るものがあります。勿論レベルとしてはまだまだです。もしかすると・・この舞台を最後に二度とこのような晴れやかな舞台に主役として立つ事がない生徒もいるでしょう。ただ、感動と言うのは単純なようで複雑・・いくらお金を払って大きなプロダクションの公演を見てもさっぱり感動しない事もあります。若さゆえのエネルギー、無鉄砲、やぶれかぶれ(笑)、挑戦心・・これはある意味お金を払っても見る価値はあるな、と通し稽古が終わり感じた自分に驚きました。お時間のある方は是非、この素晴らしい作品と、若き歌い手達の”生き様”とも言える舞台を見に・聴きにいらして頂けたらと思います。